広島地方裁判所三次支部 昭和39年(わ)25号 判決 1965年1月07日
被告人 千福勲
大四・二・二〇生 祈祷師
主文
被告人を懲役一年六月に処する。
未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、十数年前から祈祷師として全国各地を行脚しながら、祝詞をとなえて祈祷し、求められゝば病気や怪我に対する施術を行つていたものであるところ、昭和三九年七月九日午前一一時頃白い着物に神官の帽子という装束で、広島県高田郡○○町大字○○八一六番地の二A方に至り、同所において同人らに対し、中風で手足の不自由な老人に祈祷をしながら身体に衝激を加えて治療する方法を示めし、さらに同家の仏壇に経文をとなえて、右Aの亡母の霊が迷つて同家に災を及ぼしているから一晩泊つて仏を成仏させてやる旨申し向けて、同家にその晩泊ることを右Aに承諾させたうえ、学校から午後三時頃帰宅した同人の次女B(昭和二一年九月二〇日生の当時一七年の高校生)らの面前で、自己が祈祷師として歩んで来た道を話して聞かせると共に、右Bの父繁の胃や肝臓を治してやると称して同人の腹部の上に乗つて強圧し、同女の妹C(中学生)の突指をさすつて包帯し、さらに癌の特効薬の作り方なるものを口述してBに筆記させる等して、同日知り合つたばかりの右BらA家の家族の者に対し、神に対するがごとき信頼と畏敬の念を植えつけ、同人らから手厚いもてなしを受けていたが、さらに、Bの父母らに対し、「誰か家族の者が一緒に二階に寝てくれなければ、おばあさんの霊を呼び出せない。奥さんでも、子供でもよい。」「夫婦では駄目だ、体の汚れていない子供がよい。」「長女のDさんは朝早いのだから階下で寝なさい。」等と申し向けて、前記B、Cの両女を自己の寝る二階に寝かせるよう仕向け、同日午後一一時頃右両女を新築間がなく電燈設備のない同家二階裏六畳の間に就寝させ、間もなく被告人も二階に上がつて右両女の寝室に赴き、右Cの突指を再度祈祷しながらさすり包帯をした後、「足がだるい、スマートにしてほしい」旨求めたBに対し、「胃や肝臓が悪いのではないか、胃を出してみい、スマートにしてやる」等と申し向けて、同女をして着用のネグリジエをその胸部までまくり上げさせ、祝詞をとなえて祈祷しながら同女の腹部を押えているうち、飲酒の勢もあつて次第に同女に対する欲情にかられて胸部まで撫でたが、「くすぐつたいからやめて」との同女の言葉で一旦は思いとどまり、自己の寝室となつている廊下一つ隔たつた表八畳の間に行き数十分間就寝していたものの眠れず、次第に欲情は高まり、遂に、眠つているか或は自己を畏れ信頼している右Bの隙をみて同女を強いて姦淫しようと決意し、翌七月一〇日午前〇時過頃、再度Bの寝室に赴き、被告人に足を踏まれて眠りから覚めようとして未だ夢うつつでおぼろな意識しかなかつた同女の足許で祝詞をとなえながら同女の下肢を撫でまわし、さらに、同女が右のような半覚醒の状態であり的確な判断と行動ができず、且つ祖母の霊を呼び出して自分をスマートにしたり家から災いを取り除くためには右のような被告人の行為も必要なものと誤信していたため抗拒不能であるのに乗じて、同女のパンテイを脱がせ、両足を開いて同女に馬乗りとなり、次第にその意識が鮮明になつて抵抗を始めた同女に「自分はおばあさんの霊を出さなければならないのだから、静かにしておれ」と申し向け、辺りの暗さと被告人が鎌を持つていたことを思い出して声を出せば自己の生命に危害を加えられるかもしれないと畏怖している同女に引き続き馬乗りとなつて、強いて同女を姦淫しようとしたが、被告人の陰茎が勃起しなかつたため、姦淫の目的を遂げなかつたものである。
(証拠の標目)(略)
(準強姦未遂と認めた理由)
検察官起訴の訴因は準強姦の既遂であるところ、被害者であるBは「被告人が私の体から逃げるとき、陰部から何か抜けるような気がした。それに被告人が腰を上下にするとき、痛みを感じた」と証言し、右を裏付けるかのように、医師足利正典作成の診断書には同女の「腟内に精子証明す」との記載もあるが、右精子が被告人のものでありうるかどうかについて血液型等の検査もなされておらず、一方本件当日同女の腟内から採取した液(腟内容液)を広島県警察本部の技術吏員が鑑定した結果によると、精液を証明することができなかつたというのであつて、そもそも精子の存在自体疑問なしとしないのであるがそれはしばらくおくとして仮りに精子が腟内に存在したとしてもそれをもつて直に被告人の陰茎が同女の陰部に没入したとは断定しえないのみならず、右Bは高校三年に在学する当時一七才の少女であり、同女の証言、態度その他からも性交の常習者とは到底認められず、しかもかような女性が夜中畏怖心を有している際に陰茎の没入の有無を正確に知覚しえたかは疑問であり、一方同女を診断した医師足利正典の証言によると、同女の腟には夫婦間の性交においても通常生じるような炎症すら全くなかつたことが認められるのであつて、前記Bの証言も容易に措信しえないものというべく、他に姦淫の既遂を認めるべき証拠も存しないので、準強姦の既遂を認定することができず、従つて未遂と認定した次第である。
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法第一七九条、第一七八条、第一七七条に該当するが、右は未遂であるから同法第四三条本文、第六八条第三号により法律上の減軽をした刑期範囲で、被告人を懲役一年六月に処し、同法第二一条を適用して未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入することとし、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項但書により被告人に負担させないこととする。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 西田勝吾 太中茂 田中明生)